「株式会社ARCH」を創業した平澤が、鈴木に代表取締役社長のバトンを渡して一年。
コロナ禍にも怯むことなく情熱を燃やし続けるARCHの代表二人に、改めて代表交代の経緯とコンテンツプロデュースに懸ける想いについて尋ねた。
「我々は安心してアニメの門を通ってもらえる道案内人」という平澤に対し、「アニメを作りたい人はARCHに来ない方がいい」そう語る鈴木の真意は。
──まず、ARCHの現在の人事と、鈴木さんが社長になられた経緯をお伺いできますでしょうか。
平澤: 2020年春より、鈴木がARCHの代表取締役社長に就任し、私は代表取締役として共同代表という形になりました。
私は2019年の4月よりグラフィニカというCG・VFX制作会社の取締役として入っていたのですが、そちらの社長をやってほしいというオファーを頂きました。
迷ったのですが、自分自身が新しいチャンスに進んでいくことで、同僚たちに別のチャンスが生まれるという大切にしている考え方があります。
その流れで私がグラフィニカの社長になり、鈴木にARCHの社長をお願いしたいと思いました。
鈴木: 平澤がグラフィニカの社長になると聞き、これはARCHにとって良いニュースだと思いました。これまで平澤はARCHを引っ張ってきましたが、グラフィニカというARCHより遥かに大きな会社を引っ張るということが、ARCHにとって、また自分自身にとってもチャンスになると感じました。
平澤: 実は、社内でこの話をした時に反応が2つに分かれていて。ほとんどの人間はARCHはどうなるんだろうという不安を示したんですが、鈴木を始めごく少数の人間は「それはチャンスですね、絶対やるべきですね」と背中を押してくれました。
社長に鈴木を指名した理由ですが、ARCHのような小さな会社は社長の推進力がとても重要です。鈴木とは一緒に仕事をしていた期間も長かったので、自分と連携をとるのに多くの言葉を必要としないところ。それからリスクをとろうとするところ。
ここが自分にとって魅力的に見えていますし、鈴木を社長に指名してよかったと思っています。
鈴木: 平澤とは実は中学・高校と同じ学校なんです。その頃は面識がなかったんですが、2年先輩にあたるので、おそらく同じ校舎内にいたのだろうと。
平澤: 250人のうち半数以上が理系に進むような学校で、皆さん堅い仕事に就く人間が多い。エンタメ業界に入る人間はとても少なく珍しい存在です。更に同じ会社に入るという偶然が重なりました。
鈴木: 2009年から同じProduction I.Gで働くようになりました。一緒に働き出して一年以上経ってから、渋谷にある学生が行くような店でランチしていて、このあたりに高校があって……という流れから同じ中学・高校にいたことがわかったんですよね。
その頃は平澤が法務、私は経営企画にいて、部署も仕事内容も別々でした。
──鈴木さんはなぜコンテンツ業界を目指されたんですか?
元々アニメが好きで、大学ではアニメのサークル活動をしていました。
アニメーションの自主制作を行っていたのですが、芸術的な能力が高いわけではないので、上映会イベントの仕切りを手伝ったり、クリエイターの方の講演会を開催したりしていました。
──当時はどのようなアニメ作品が放映されて盛り上がっていたのでしょうか。
平澤: 1995年くらいから大人向けのビデオアニメが数字を出して、96、97年でキー局が深夜アニメを放送し始めたんです。萌えアニメはまだ存在しておらず、だんだん萌えアニメっぽい何かが出始めたくらい。
鈴木: 技術的なところでいうと、作画アニメがデジタル化していった時期ですね。ロボットをCG、それ以外を作画という作品が放送され、始めて方法論の正解が出たんです。大変なことをやっていましたね。
平澤: LDが終わりそうになったのもこの頃。
鈴木: 就職してオタク引退する先輩からBOXもらったりしていました。
平澤: あの頃はオタクはとにかく肩身が狭かったですからね、隠れざるを得なかった。
鈴木: 今と違うのは、ネット依存していないという点。今だったらネットで一斉にできることも個別で連絡をとるなどしていて、コミュニケーションが近かったですね。
平澤: レコード店の隅にアニメコーナーがあり、名物店員さんがいて「あの人有名な制作会社と知り合いらしいよ」なんてまことしやかな噂が流れたりしてね。
吉祥寺アニメイトの外側に情報交換ができるコルクボードがあったりしました。
鈴木: ありましたね!サークルにも伝統のノートがあってみんな回しながら書いていました。
──充実したオタクライフだったんですね。
鈴木: はい。その流れでアニメ周辺の業界に就職をしようと思い、ブロッコリーに入社しました。
当時ブロッコリーは様々な事業を行っていたので、まずは各事業の概要だけでも見なさいということで半年ごとに色々なセクションを回りました。
入社時からアニメがやりたいと話していたので、2年目くらいにはアニメセクションの担当になり、アシスタントプロデューサーとして作品に携わっていました。
ブロッコリーには5年ほどいたのですが、課題感があったんです。
アニメの制作現場にはブラックボックスになっていることが多く、ある段階までクライアントとして思い描く通りに進んでいたはずなのに、ある段階からまったく違うものができるということが頻繁に起こりました。元々大学時代にアニメの自主制作に携わったりもしていましたが、やはり制作会社にいかないと見えない部分で何が起こっているのかわからないと感じ、つてを辿ってProduction I.Gへ入社したんです。
スタジオには色々な考え方をする人が集まっていて、雇用形態も含め様々な制約の中で作品を作っています。スタジオはクライアントに対してその部分をオープンにしておらず、説明することも得意ではありません。異業種の方がそこに立ち入ることは難しいです。
Production I.Gではスタジオの人間として、内部で起きていることや、オーダーによって起こりやすい事案を学ぶことができました。また、企画室というセクションで外部との折衝を担当していましたが、前職時代の経験もふまえて外部のビジネスサイドの方がアニメを発注する際に何を望んでいるのかを学習しました。
現在、ARCHでプロデューサー全員が行う業務ですが、クライアントの要望を伺い、求めているものを探り当てていきます。クライアントによって、要望の解像度は様々です。例えば、企業のイメージアップという要望への選択肢として、PVやCMの制作などという提案をさせていただき、アニメを作るという判断が最適であれば、スタジオやクリエイターを提案し、打ち合わせをしながら枠組みを作っていきます。
平澤: 最近だと、スタジオを作ることに参画する機会も増え始めています。
中国のゲーム会社さんとスタジオを作るなど、ARCHとして作り方を作るところにもシフトしています。アニメを作るツール制作部分も理系の鈴木が仕切っています。
──アニメを作るツールというのは。
鈴木: ARCHでは、技術顧問の加藤がアニメ監督である村田和也監督の協力のもとに絵コンテを描くためのツールを開発しています。
絵コンテ作業はアニメの制作フローの中で比較的デジタル化が進んでいない部分です。絵コンテやイメージボードなどのプリプロダクションをデジタル化していくことでアニメはデジタルで完結するようになります。
プリプロダクション段階で絵を描く作業に関しては、作画ツールと進行管理ツールの普及によってデジタル化が進行すると思うのですが、絵コンテに関しては新しいソフトウェアによって創造性や効率が上がる余地があり、その部分をサポートするソフトウェアを作っています。
絵コンテはクリエイターのイマジネーションをダイレクトに映像に反映させる重要な工程です。せっかくデジタルで様々なことができる時代ですので、紙に描く時よりもイマジネーションを補助し膨らませていくことができるデジタルツールが必要だと考えました。まだこの世の中にないものを作るというプロジェクトを行う意義もARCHにとっては大きいです。
──ARCHが存在することで、どのような社会が実現されるのかというビジョンについてお伺いできますか。
鈴木: これは平澤が社長をしていた頃とまったく変わらないことですが、ARCHはアニメ業界の門となる企業だと思っています。
世界中のどんな方でも、アニメを作りたいと思った時に、最適なアニメの作り方を提案する。ARCHがあることによって、世界中でどんな人でも最適なラインで作っていくことができる。それがビジョンです。
──世界という言葉がARCHにとってひとつのキーワードですね。
平澤: 自分たちが最初の成功例になることにより、ある種の交流が進んでいくかもという可能性にやりがいを感じます。
難しさとしては、前例がないだけに、常識や土台、本質部分で重要だと思っていることの違いが多々あるところです。
問題が起きて初めて話し合い解り合えるので、我々はそういった個々の問題が起きた時に前に進むことを考え続けなければなりません。
これは難しさでもあり、同時にやりがいでもあります。
──社員の皆さんとは、普段どのようなコミュニケーションをとられているのでしょうか。
鈴木: ARCHは、社員全員がプロデューサーになっていく場所だと思っています。
ですので新卒で入られた方にも、なるべく早いうちからプロデューサーとして対等な立場として話をする必要があると考えます。社員教育という形でこちらからお伝えすることもありますが、アニメ業界でプロデューサーをやる人間は、結局一人ですべての問題を解決できなければなりません。それができる人間になる為にも、相手に対してリスペクトをもって対応していく。お互いにそれぞれが一人の人間であるということを社員に対しても常に考えながら接しています。
──鈴木さんにとって、プロデューサーとはどういった存在でしょうか。
鈴木: まだ世の中の誰も持っていないビジョン、アニメであればまだ誰も見たことがない映像だと思うのですが、それを実現する為に全力を尽くすという存在だと思っています。
──今後、コンテンツ業界で行っていきたいことについて教えてください。
鈴木:まずはARCHの持つプロデューサー像を担える人物を丁寧に育てて世の中に出していくこと、そしてプロデューサーという存在がいることでコンテンツがよりスムーズに作れるということを証明してくことが目標です。
それによって今起こっている問題が解決されてより良いコンテンツ業界になると思いますし、クライアントもクリエイターも、ユーザーにとってもですが、全員にとってより良い体験ができる業界を作っていくことができると思います。
──では、クライアント様に向けて一言いただけますか。
平澤: 先ほど、ARCHは門だといいましたが、何の門かというと、独自のルールがたくさんあるアニメ業界に、安心して通ってもらえる門であると思っています。同時に、門だけでなく道案内も必要だと思っています。
鈴木: そうですね。ARCHに興味を持っていただけたということはアニメを作りたいと思ってくださっているということだと思います。
ただ、我々は課題解決をする会社ですので、アニメを作るというサポートはもちろん、その奥にある本質の課題についても一緒に話し合って検討し、提供させていただきます。
平澤: 自分たちがやっていることは、セカンドオピニオンの提供でもあります。
ですので、作りたいのは本当にアニメですか?という問いかけから、本当にクライアントさんが望む本質を見定めていく。それも我々のプロデューサーとしての仕事の一つです。
──続いて、職場としてのARCHに興味を持ってくださっている方にも、メッセージをお願いします。
鈴木: はい、アニメを作りたい人は、ARCHにこない方がいいと思います。
──これまで仰っていたこととまったく逆のメッセージに聞こえますが…。
鈴木: というのは、ARCHはアニメの作り方を作る会社だと思っているんです。そういった視線でアニメに取り組みたいという方に対しては、存分に活躍できる場を用意できると思います。
平澤: こないで…とまでは言いませんが(笑)
自分自身もアニメ作りたいと思って四方八方手を尽くしているうちに、法務でキャリアがスタートして、だんだんプロデューサーに近づいて、プロデューサーになってみたら手書きのアニメからCGになり、CGで制作する中で次の課題に気づくという形で、常に新しい課題に取り組み続けてきました。
たぶんARCHという会社もそういう会社です。
3か月に一度くらい合宿を行っていますが、その場で毎回「ARCHは3か月に一度生まれ変わる会社だ」ということで、新しい方針を出し、取り組みを変えています。
フットワーク軽く、少しずつやることを変えながら根っこにはアニメを作ることへの情熱がある。そういった方は活躍しやすいと思います。
鈴木: 社内は常に心理的安全性の高い場所であるべきだと思いますし、様々な能力を持つ方々に足を踏み入れていただくことに対してウェルカムです。
ぜひ一度、いらしてください。
──ありがとうございました。
鈴木哲史 TETSUSHI SUZUKI
代表取締役社長
株式会社ブロッコリー、株式会社プロダクション・アイジーを経て、2018年4月からアーチ株式会社に入社し、2020年4月から代表取締役社長に就任。
平澤直 NAO HIRASAWA
代表取締役 / 創業者
駒場東邦中・高等学校卒。バンダイビジュアル株式会社(現:株式会社バンダイナムコアーツ)、株式会社プロダクション・アイジー、株式会社ウルトラスーパーピクチャーズを経て独立創業。